02年3月 大阪/京都街歩き(大阪1-1)
2002年3月14日〜16日の2泊3日を掛け、念願だった大阪・京都の建築探訪を敢行しました。
旅程は大まかに、14日は梅田から歩き始めて西天満〜中之島〜北浜〜船場を本町あたりまで歩き、15日は
京都へ移動、自転車を使って欲ばりにほぼ市街区全域を巡り、最終日は大阪在住の友人に頼んで、14日に廻れなかった大阪市内の物件をクルマで廻る大阪広域編...という日程でした。まずはその1日めを3回に分けてご紹介します。 京都編へ飛ぶ 大阪広域編へ飛ぶ[その1: 西天満から中之島へ]
宇治電ビルディング(北区西天満4)1937年対岸に
住友ビルの巨大な姿が見えて、肥後橋を渡って住友ビル方面に行こうとしたところ、肥後橋のたもとで思わぬものに目が釘づけに。 朝日新聞ビルディング(北区中之島3)1968年肥後橋の反対側には建て替わって高層化した
大同生命ビルが見えます。いろいろ賛否両論はあると思いますが、ぼく自身はこの新ビルも決して嫌いではありません。ヴォーリズの元のデザインが良いせいか、他の高層ビルより美しさが際立っているのです。それに、何本もの太い柱が四角いビルを軽々と支えているのが(構造的にどうなっているかはまったくわかりませんが)、旧ビルにない新しいテイストを加えていて、単なるレプリカに終わっていない点も面白いと思います。敷地の隅に、
旧ビルのテラコッタが一部飾ってあります。思わず近づいて、手で撫でてしまいました。多少の損傷はありましたが、十分きれいです。テラコッタ装飾、外装材としてもう一度流行らないだろうか(無理か)。このビルを撮影してふっと橋のほうを振り返ると、なんとも好みな小ぶりな物件が。さっそく接近。(←おい、住友ビルはどうなったんだ!)
山内ビル(西区土佐堀1)昭和初期ロマネスク風な半円アーチとロンバルディア帯、茶色いタイル(スクラッチではありませんでした)。ぞくぞくするような、昭和初期テイストの外観です。
『青楓グリル』というレストランが入っていました。こんど来たらここで食事かな? 住友ビルディング(33139 中央区北浜4)1930年息を呑む内部空間です。高い天井、丁寧に施された古典様式の濃密な装飾群。営業室には、12mのコリント式大オーダーが31本! とのこと。しかも、東京の三井本館や明治生命館のような、豪華だけれど大理石の素材感がひんやりしているのとは対極にあり、柱身はベージュのトラバーチン、柱頭は濃緑色の大理石。配色が絶妙に「あったかい」のです。床も、赤い絨毯が敷いてあったりします
。外観も、形はやや素っ気ないと言えなくもないけれど、外壁に貼られた石の素材感はかなり温かい。
少しずつ分かってきましたが、大阪の近代建築はどこかしらに温かさを感じさせるものが多くて、方法はいろいろ異なれど、素っ気ない印象だけは避けようという意図が働いているようです。サービス精神に富むと言うべきか、やはり土地柄なのかな? 実際に街を歩いてみるまで想像もしませんでしたが、うれしい誤算です。数を見るほど自分が元気になっていくよう。
さて、次は今回の大阪歩きの目玉=最大級の目標物、
大阪ビルディングです。言葉を失うほど感動しました。ロマネスク風で
スクラッチタイル貼りの外観、エントランスの大アーチにテラコッタ装飾が有名ですが、内部はもっとすごかった! 外観とは反対に古典系の意匠でまとめられた1階ホールは、どの方向を向いても素晴らしい眺めです。住友ビルのように財閥の威信をかけた建築が贅を尽くしているのは道理なのですが、大阪ビルは最初からテナントビルとして設計されたわけで、それがこれほど濃密なのはさすが渡辺節というべきか...。東京でいうと丸の内ビルヂングが時代・規模・用途として似通っていると思うのですが、雰囲気は全然違います。
至る所に見られる人面の彫り物も、想像していたよりずっと愛嬌があって、いわゆるロマネスク風の怪獣類とは違いました。日本人が見てもぎょっとしないレベルです(笑)。もっとも、渡辺節が後に設計する東京・日比谷の大阪ビル1/2号館には怪獣がかなりたくさんいたらしいですが、解体される前にいちど見たかった。
次へ 京都編へ 大阪広域編へ 街の風景へ