[その3: 三条〜四条、そして七条へ]

烏丸通から三条通へ。京都有数の近代建築密集地です。どうせ雨が降っているので写真撮影は敢えて抑えめにして烏丸三条から寺町三条あたりまで三条通を東へ戻り、そこから街並を眺めつつゆっくりと西へ歩きました。ですから写真をとった順番も書いている順番も不同です。晴れてたり降ってたり、てんでばらばらです。

1928ビル(総覧No.31171 旧京都大毎会館)中京区三条通御幸町東入る 1928年
これ大好きです。バルコニーのデザインだけでなく、裏から照明で照らすガラス柱頭にもびっくり。こういうアイディアは現代建築にも通じるようで超斬新でした。本来の用途が終わっても商業系として再生できたのは市民に親しんできた経緯からだろうか、うらやましい限り。

最後の写真に写っているのは1970年代の懐かしの軽自動車、スズキのフロンテ71(LC10W型)です。しかもミュージアムコンディションといっていい美しい保存状態。ちなみに、後ろが下がっているのは重いエンジンが後ろにあるためです(建築とは関係なし)。

中京郵便局(1) (2)(31158 中京区三条通東洞院角)1902年 1978年改修
壁面保存ですが、外観を100%保存できた意義は大きいと思います。第一勧銀京都支店は本当に残念。

京都象嵌(31172 旧家辺徳時計店)中京区三条通富小路東入る 1890年
ユニークな建物です。しかも古い。明治20年代で現役とはすごい。しかし雨が激しくて困りました。写真もぼけております(これは技術のせいか)。

日本生命ビル(31174 中京区三条通柳馬場)1914年
やはり無残な改築と言わざるを得ません。新旧の調和が全く感じられない。せっかく部分保存の意思があっただけに残念。

SACRAビル(31165 旧不動貯金銀行)中京区三条通富小路角 1916年
アパレルの店がテナントとして多数入っていますが、現用途に全く違和感がないのは保存再生としては大成功なのでは。古典系ながら威圧感の全くない正面ファサードも幸いしています。三条通は狭くて正面からの『引き』が足りず、こういうアングルになりました。

京都文化博物館別館(31167 旧日本銀行)中京区三条通高倉角 1906年
暗い雨空だったからこそかもしれませんが、外観の派手さには圧倒されてしまいました。空の明るさまで変えてしまわんばかりです。辰野金吾ってやっぱりアクの強い人だったのかも...と思わせるに十分。

写真2枚め、半円アーチの内周をぐるっと『持ち送り』が支持している部分がとても気になる。バロック的表現?なのでしょうか。

次田商事(1) (2)(31159 中京区三条通烏丸西入る)1920年
三条通が烏丸通を西へ突き抜けてすぐのところにあります。この頃からさわやかに晴れてきて一息。青空に良く映える建物ですね。次田染織として知られていますが、次田商事に社名変更?

次に、周辺の物件を見るべく付近を徘徊。

中田株式会社(31146 中京区高倉通蛸薬師下る)1926年
どことなく東洋風?に見えます。『建築計画のお知らせ』掲示中でした。残念。

『か』医院(31145 中京区麸屋町通蛸薬師)1935年
すごいのを見つけてしまった。麸屋町通の生祥小学校(←これも近代建築です)の向かい、旅館『京乃屋』隣。個人医院なので一応名前は伏せます。

円筒形の張り出しに円錐形の屋根、てっぺんに風見。ほぼ全面に這う蔦、急勾配の屋根は赤いフランス瓦。いかにもという感じはしますが、ピクチュアレスクな西洋館です。総覧によると設計は「あめりか屋」。

日本基督教団御幸町教会(1) (2)(31125 中京区御幸町通二条上る)1913年
ヴォーリズ作の可愛らしい木造煉瓦張の教会。隣に100周年記念堂という新築建物が続いていますが、もとあった礼拝堂はきれいに保存されています。沿革を書いた銘板もありました。でも、こういうのをしげしげと眺めていると通行人が不思議そうにこちらを見るのはなぜだろう? こうして公に向けて沿革を説明しているような建物を鑑賞することは、大して奇異ではないと思うのですが...。

このへんから時間との戦いになってきました。自転車の返却期限は17:00、返却場所は川端三条。あと100分を切っていますが、四条にも七条にも見たいものがあるのです。困ったなぁ。

[四条通の建築群]
旧三菱銀行京都支店(31177 下京区四条通烏丸角)1925年
銀行は移転、閉鎖中。行く末が案じられます。
旧『丸の内ビルヂング(丸ビル)』の設計でも知られる建築家、桜井小太郎の作。

旧三井銀行京都支店(31179 下京区四条通烏丸角)1914年
オーダーのみ部分保存。これだけ見ててもけっこう良いだけに残念。

UFJ銀行京都支店(下京区四条通烏丸角)1952年
戦後物件ですが、好きです。一瞬モダニズムかと思うと、ディテールは古典様式的。その逆よりはずっと良いです(笑)。

大丸京都店(下京区四条通高倉角)1928年
大阪・心斎橋大丸とは対照的に、オリジナルの装飾がほとんど見当たりませんが、高倉通に面した外壁はどうも当時のままかと思わせる雰囲気です。やはりヴォーリズ作。

東華菜館(31184 旧矢尾政)下京区四条大橋西詰 1926年
ヴォーリズの有名物件。
テラコッタ好きにはうれしい。中は今回パス。外壁の色は、前回見たときは薄緑色だったような。。

レストラン菊水(31462 東山区四条大橋東詰)1926年
素晴らしい。気のせいか、あまり話題にのぼらないように思いますが、これほど分離派(ゼツェッシオン)的な外観の飲食店は超貴重です!

とりあえず外観だけ撮影し、進路を南へ、川端通を一気に七条通へ爆走。川端通の石畳の凹凸は、チャリにはショックが大きくて、思わず酔ってしまいそう(笑)。

[七条]
富士ラビットスクーター(31225 下京区七条通新町西入る)1924年
写真がぼけていてすいません。既に保存再生なった富士ラビットは、3月15日当時はまだ工事中でした。向かって右前面に『AD1924〜2002.2』と書いてありましたが、どういう意味だろう?

フォードT型を象ったステンドグラス、ずっと見たかったけれど、やっと実物を見ることができました。

関西電力京都支店(31234 旧京都電燈)下京区塩小路通烏丸西入る 1937年
大阪の朝日ビル/
朝日新聞ビルと同様、角の丸さがたまりません。名建築家・武田五一晩年期の大胆なモダニズム建築。

ここでまた三条目指して折り返し。

途中、渡辺節のPLATZ近鉄(旧丸物百貨店 1936年)も見える。あまりオリジナルではないのか、『あれ?』という感じの外観。

先斗町歌舞練場(31134 中京区先斗町通三条下る)1927年
ついにゴール。。。ひどい西日逆光で、写真は散々です(笑)。古くから『鴨川等差数列』と呼ばれていたという、ほぼ等間隔のカップルの姿が見えます。歌舞練場の建物は意匠が複雑でひとくくりに何とは言えない感じ。
ナマコ壁まで出てくるし...。

16:55に自転車を無事返し、『菊水』でゆっくりと食事。南座が近いせいか、和服姿の芸人風の男性とお付きの女性といった風情の人がいたりしました。

[おまけ]
フランソア喫茶室(下京区木屋町通四条下る)1934年
おまけというと失礼か。素晴らしい『本物のカフェ』です。内部写真は禁煙室のものですが、実は喫煙室のほうが内装が素晴らしいと、後で気付きました(笑)。
写真3枚め、中世風の角張った柱頭をもつ木製の付け柱がみえるでしょうか。喫煙室にはこのオーダーがいっぱい立っているのです。要再訪?

店を出ると、ちょうど木屋町四条でアルトサックス+ベースのストリートミュージシャンのデュオが『レフト・アローン』をやっていて、思わず聴き入る。

お茶の後は、ゆっくり夜の祇園散歩。

頭の中は、いつまでも『レフト・アローン』が回っておりました。

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